不可能から可能へ 今ここにない未来は自分達で創る

理事長所信


人は一人では生きることはできない。先祖をはじめとする家族あり、仲間あり、自然の恵みによって生きてゆける。青年会議所もまた、支えてくれている多くの方々のお陰で成り立つものである。その恩に報いるため、万物に感謝の心を以って、事業を通じ、地域の発展に寄与する。

はじめに

日本は、戦後の復興期を経て、高度経済成長によって豊かな経済力を確立し、都市部と地方との格差はあるものの一定水準で生活基盤が整っていることに加え、技術革新による利便性を追求した様々なモノが身の回りに溢れ、後戻りできないほど発展を遂げ、現代の我々は最大限その恩恵を受けている。現代人同士で考えるから格差を感じるだけで、100年前に暮らしていた人達と比べてみれば格差どころか何不自由ない豊かな社会生活を送 っていることに驚くだろう。しかし、日本人は豊かになるにつれて明らかに何か大事なモノや人間としてのあるべきモノを少しずつ失ってきている様にも感じる。マスメディアのグローバル化やインターネットの世界的普及によって、今までアクセスできなかった情報に触れることが出来るようになり、はっきりとしないままにつきまとう物足りなさに急き立てられ、将来や世の中への漠然とした閉塞感が蔓延し、同時に、日本という「国のかたち」のあるべき姿を見出すこともできず彷徨っている。日本人が疑いもなく信じてきた価値観や心の在り方さえも崩壊していく中で、自己利益の増大のみを優先的に追求する人間が増えるあまり、個人それぞれのエネルギーやベクトルが勝手な方向を向き、入り乱れて充満している混沌とした時代に我々は存在する。そしていつの時代であっても混沌という未知の可能性を切り拓くのは青年の仕事である。先人たちが幾多の苦難の中から夢を描いて立ち上がり、幾度となく立ち向かっていったように、我々も真に明るい豊かな社会を実現させるために大きな一歩を踏み出し、新しい時代を創りはじめたい。しかしながら、混沌とした時代を切り拓くにあたり、明快な答えは簡単には得ることはできず「知識」だけでは辿り着かない。我々一人ひとりが現状を踏まえた自己分析に基づいて真実を見つめ直し、時に矛盾することに葛藤しながらも核心を追及する姿勢をあきらめずに持ち続けることで高い「見識」を身に付け、想定外の事態にぶつかった場合でも、あらゆる抵抗を排除し己の信念を貫き実践していく「胆識」が必要になってくる。これこそが我々青年の持つべき要素であり、進むべき道である。まずは、自分を知り、自分の足りなさに気づき、自分を変革していくことからはじめよう。自分を変革できないのであれば、市民の意識を変えるどころか社会への説得力も無きに等しい。自分の人生は誰も代わることができない、自らが光り輝き、確固たる信念を持った魅力あふれる頼もしい人に変わっていくことで、周りを変え、運を変え、人生を変え、こうした一人ひとりの行為の総和が想像を遥かに越えたパワーを生みだし、愛と希望溢れるまち函館へと押し上げる大スパイラルを巻き起こしていきたい。

言葉が変われば
態度が変わる
態度が変われば
習慣が変わる
習慣が変われば
心が変わる
心が変われば
自分が変わる
自分が変われば
相手が変わる
相手が変われば
運が変わる
運が変われば
人生が変わる

真の日本人

日本は、近い将来「平成」時代の終焉を迎え、次の時代の始まりを意識する時がきている。平成の30年間では、科学技術の飛躍的な進歩によって、世界は実質的に狭くなり、人、モノ、カネ、情報が、国境を越えてますます行き交い、日本を取り巻く世界の環境は大きく変化した。国際化やグローバル化は避けて通ることのできない潮流であり、当たり前であるが世界は多種多様な人々、文化で構成されている。それらを理解するには確固たる基準、物差しが必要である。その物差しとなるのが、自国の歴史・文化である。自国の歴史・文化への理解と、他国への理解はグローバル社会を渡る車輪の両輪である。しかし、日本人であることは、日本にいると当たり前のことだから、自問自答することは少なく、日本のことを何も知らないどころか誇りを持てないという人が少なくない。自国を語れない人は世界で通用しないし、他国を理解することも敬意を表すこともできず、もちろん敬意を払われることもない。これからの時代を生き抜くには日本人という確固たるアイデンティティを持つことが重要である。日本の戦後教育では、日本人が本来持っていた国家観や思想は全て否定され、自虐史観が日本中を支配した。自国の国旗を掲げたり国歌を歌うことに反対する国民が、日本以外のどこにあるというのか。愛国心といえば右寄りに捉えられる風潮があるが、右翼という批判は戦後長い間日本人を怯ませる言葉による圧力に他ならない。そんな中でも、オリンピックをはじめとするスポーツをみると、観客席では国旗を振り、皆が胸に手を当てて国歌を歌っている姿がある。また、東日本大震災の民間サポートやボランティアの姿勢をみて、日本人は普遍的に日本を愛し誇りに思う気質を今もしっかり持っていて、愛国心は生きているのだと実感した。祖国を想う健全な愛国心を育む道徳教育が必要であるとともに、家族の中で芽生える家族愛の尊さをはじめ、伝統や文化、そこに生きる喜びを表す郷土愛の大切さも忘れてはならない。

地域開発

北朝鮮の弾道ミサイルが相次いで函館上空を通過し、再び飛来する可能性があることから地上配備型迎撃ミサイルパトリオットが陸上自衛隊函館駐屯地に展開された。これらの事態を楽観視しているのが多数派かもしれないが、家族が生活している真上をミサイルが飛んでいるのに平然としているのは平和ボケ以外の何物でもない。とはいえ緊急事態の発生を知らせるJアラートが鳴りひびく社会の不気味さから、日本の安全を脅かす不安は人々の意識に浸透しはじめている。日本の有事立法の有無を含めた防衛システムに問題はないのか考える必要があるのではないだろうか。さらに、その不安を煽るように天変地異が踵を次いで日本を襲っている。函館は国際海峡に面し地理的位置がきわめて特殊であるために、国際的にも特殊な関係が生じ、有事に対する防備が必要であると同様に、自然的条件から天変地異に絶えず脅かされなければならないことを忘れてはならない。災害大国日本において、インフラ整備による国土強靭化は不可欠であり、地域を守るという観点からインフラのあり方を見直し追求しなければならない。もちろん災害対策はインフラだけでなく、有事の際に機能する防災、減災につながる体制を確立するために、地域社会との信頼関係を普段から強化し、共助の領域で実働できる地域の和を築いていきたい。そして、まちづくりは、交通インフラ等の目に見えるハードな部分と歴史・文化やアイデンティテ ィに基づいて育む目に見えないソフトな部分がある。函館は世界一美しい地形に異国情緒溢れる街並みが形成され人々を魅了するとともに市民の誇りとなっている。建物や港、路面電車が走る道路や花火大会になると人で溢れ返るともえ大橋をはじめとする橋梁というインフラも函館のシンボルであり誇りに思っている人も多いだろう。つまりインフラはまちを便利にするだけではなく、風土や文化に沿ってデザインしていくことで市民の誇りと成りえる。まちづくりに関するインフラ整備を地域一体レベルで繰り広げられたら、暮らしに直結する分、市民一人ひとりの地域意識の活性化に与えるインパクトは計り知れない。函館というまちが今後どのように形成されていくのか都市計画を見直し、地域住民自らが目に見えるまちづくりを考える機会を創りはじめたい。また、公共事業は悪という嘘の構図が世間に蔓延してから数十年、日本はインフラをないがしろにし続けており、インフラ整備は先進国と比べあきらかに発展途上である。インフラ整備を大規模な財政政策の下で実行することが、需要拡大をもたらしデフレを脱却させる景気対策の一つではないだろうか。最先端のビジネスには最先端のインフラが必要であり、新しいモノができると、人の流れが変わり、歴史が形づくられていく、本当の地方創生はここから始まるのだと確信する。

文化と文明

人間の欲望には際限がない。世の中がどれだけ便利で快適になっても、周りと比較し、努力して競争する。そして、世の中の進化を飛躍的に伸ばしてきたのは、天才が発明した技術開発である。古くは狩猟しかない時代から農耕の発明によって安定的な食糧の供給を可能にし、人口を飛躍的に増やした。さらに蒸気機関の発明に始まる産業革命はそれまで人間が担っていた作業の大半を機械に担わせることにより、労働時間を減らし、多くの人に余暇の時間を与えた。また、インターネットの発明により、情報社会をむかえ、どこにいても世界中とネットワークでつながることが可能になった。そして、現在、人類がこれまで歩んできた狩猟、農耕、工業、情報に次ぐ新しい社会Society5.0が到来しようとしている。AI、ビッグデータ、ロボット、IoTを活用した、人間知だけでは到底実現できない超スマートな社会の実現である。人間の欲望には際限がないという前提に立ち、その性質を利用して経済を発展させていこうとするのが資本主義の本質ではあるが、同時に今の時代に当然とされているものを疑うことができるという能力も、未来を見通すうえで重要な資質である。最先端の技術は社会に受け入れられにくい、我々青年経済人ができることは、これらの新技術の動向や意味を真に理解し、良きものは率先して支え、利用していくことである。最先端の科学技術を駆使した未来を考えていくのは胸が高鳴る。函館の文化と最先端の技術を掛け合わせた時、そこに新しい何かが生まれるのではないかと考える。また、未来づくりの源を生み出すために、函館青年会議所の運動発信の集大成を魅せる場を創出し、我々の運動と魂を次世代へとつないでいきたい。

多くの仲間たちと共に

青年会議所は「新日本の再建は我々青年の仕事である」と設立の趣意を掲げ、明るい豊かな社会の実現に向けて同志の波紋が全国に広がった。そして1950年、函館青年会議所は日本で4番目に創立され、これまで確かな時代を築き上げた歩みがある。この歴史を念頭に、JC運動の輪を拡げていくためには未来を担う人財育成と仲間を絶やさない会員拡大を、函館青年会議所の最も重要な課題であると認識することが必要だ。また、会員減少は、我々の運動に対する社会の評価そのものであり、JC活動の最もわかりやすい結果だと考える。会員拡大において重要なことは、青年会議所の持つ魅力を自身で認識し、運動を語れるだけの自信と誇りをもつこと、そして説得力ある言葉で人へ伝えることだ。数値目標を掲げ、営業戦略を立て、情熱的行動力で会員拡大に取り組んでいこう。未来を担う若き仲間たちに、貴重な経験や機会を得ることができる青年会議所という学び舎を知ってほしい。この学び舎を通じて、函館の未来を切り拓くために、多くの仲間とともに活動していきたい。

先進的なものへ

JC活動は、自分を支えてくれている人達に、多くの時間を借りているということを改めて考えて欲しい。活動をさせてもらえることに対して「感謝」の気持ちを絶対に忘れてはならない。限られた時間をどの様に使うかは自分次第である。物理的な時間は誰もが平等であるが、時間の価値は効率的な使い方で変わっていく。40歳までの貴重な時間をどう向き合いどう吸収しどう活かすか価値を見出すのは自分自身であり、函館青年会議所自体の価値や魅力を高めることも自分次第である。だからこそ、組織運営は盤石にしなければならない。メンバーの負託と信頼に応えるとともに、限られた時間の中で最大の効果を得るためには、会則を遵守し円滑で的確な会議運営と効率的で献身的な組織運営が必要となる。これからは先進的な会議運営を柔軟に取り入れ、スピードと質に注力した運営基盤を確立したい。また、青年会議所が掲げる理想を実現するためには、対外発信力を強化し社会における存在価値を高める必要がある。SNSが一般化した今、メンバー一人ひとりが函館青年会議所のスポークスマンとして発信していくだけでなく、情報を受け手の意識の琴線に触れる事ができるような仕掛けが重要になってくる。我々の発信方法を一度柔軟に見直し、影響力あるメディア媒体との連携も活用することで、広く市民へ拡がり共感を集めることができるよう、斬新な広報手段を企画し、推進していきたい。また、ASPACが鹿児島の地で開催され、アジアのメンバーと交流することで、新たな刺激や価値観を見出すことができるチャンスである。函館JCメンバーがより多くのものを享受できるよう、大会の企画等を主体的に発信していきたい。

むすびに

変わりゆく時代と変わらぬ精神。

変えることのできるものについては、それを変えるだけの勇気を持ち、変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを持ち、変えることのできるものと変えることのできないものとを識別する知恵を持って、地域のために尽くそう。愛と希望溢れるまち函館の実現へ向けて。